06/07/08
片上ロマン街道
前回に引き続きサイクリング仲間に誘われてのサイクリングとなりました。
今回のコースは岡山県東部の片上鉄道跡をサイクリングコースに転用した片鉄ロマン街道です。
このコースは岡山県備前県民局が整備しているようで、岡山県のWebサイトにコースの紹介があります。
片上鉄道は同和鉱業が、
硫化鉄を産出していた柵原(やなはら)鉱山から、瀬戸内の片上港までの約34Kmを鉱石を運ぶために敷設された鉄道だったそうです。
1923(大正12)年から1991(平成2)年まで、高校生等の足として活躍していたそうです。片上鉄道についてウィキペディアに記事があります。


今回の私以外のメンバーは姫路界隈の在住者です。
10時姫路駅で拾ってもらうこととなりました。
早めについて、ホームの駅そばをいただきます。姫路駅の山陽本線のホームは高架化が終わりきれいになっています。駅そばの店もきれいに様変わりしていま
す。
味も少し濃いめにモデルチェンジでしょうか?
少しくどい味でした。
ホームから下りのエスカレータを降りると、待ち合わせ場所の南口改札に出てしまいました。便利なことです。
私は西片上駅で下ろしてもらい片鉄ロマン街道の起点からのスタートです。他のメンバーは車の駐車できる和気の交通公園で待ち合わせることとします。
峠清水トンネルという可愛いトンネルまでは上りが続きます。
その後は、山陽本線の跨線橋を渡り吉井川の土手に出て、和気町の運動公園で他のメンバーと合流して改めて出発です。
サイクリングロードは、線路跡を改
良した部分とR374の路側部分とが混ざっています。
全般的には田んぼの中ののんびりしたコースですが、車の進入禁止のためのポールと、サイクリングロードを横切る車には注
意が必要です。
小奇麗な街路灯とポールなどに張られたシールや路面のペイントがいたるところにあって道に迷うことはありません。
何箇所かは駅跡のホームが残されていたり、駅舎もきれいに保存されています。
1回目の休憩は苦木駅の駅舎跡です。小さくて可愛い駅舎です。「宿直室」の表示もあり駅員は泊まり勤務があったのですね。

殆どフラットなコースで快適なサイクリングが楽しめます。
コース沿いは田んぼと吉井川の土手ですから食事をするようなところはありません。
昼食はR374に出て、国道沿いのニコニコ食堂という焼肉屋です。
なんともアンチョコなネーミングのお店です。
ところが肉は厚切りで、量も多く中々のお店です。
「焼肉にはビール」ということで、ビールと白いごはんをあわせていただきました。満腹、満足のお店でした。
土手上のコースに戻り、しばらく走ると終点の柵原鉱山公園です。
公園には動態保存されている車両や鉄道のできる前は鉱石を船で運んだという高瀬舟などが展示されています。
旧吉ヶ原駅舎跡のそばにバスの停留所がありました。バスを待っているのか迎えの家族を待っているのかおばあさんがベンチに座っています。
ここの地名は「合併して美咲町吉ヶ原」というそうです。
車両が保存されたホーム跡に右のような看板がありました。
[デッキにかんぴょうを干さないで下さい]
「かんぴょう」は「干瓢」でしょうか?
お天気の良い日には、保存された客車のデッキが良い物干しになるのでしょうね。
入場料500円を払って鉱山資料館に入ります。硫化鉄から何ができるかとか、昭和初
期
の繁栄した鉱山街の様子とか、それなりの展示ですが、500円は少々高く感じました。
梅雨の最中の休日でしたが、雨は一時ぱらぱらとしただけで蒸し暑い曇天でした。
帰路は、下り基調のサイクリングコースを快適に走ります。
木陰から吹きわたる冷気を含んだ風がぬれた身体を冷やしてくれます。
和気町の交通公園で自転車をパッキングし、公園裏の和気鵜飼谷温泉に向かいます。
宿泊施設もある立派な施設です。
入浴料金は500円也、ゆったりと疲れを癒し待合の部屋でビールを一気にいただきます。
至福のひとときです。
姫路駅まで送ってもらう途中、網干界隈でメンバーのお知り合いというお店で反省会となりました。
車を運転しない私は、ビール、焼酎水割りと飲みに回りました。
京都方面への最終電車で帰路につきましたが、ぼんやりした頭に酒毒がまわり乗換駅を間違って一駅先まで乗車してしまい、昼間の蒸し暑さが取れた深夜の街
を自宅まで快走しました。
今回の走行距離:65Kmでした。
◆後日談
同じコースを再走しました。
◇昼食をとった「ニコニコ食堂」は「にこにこ食堂」でした。
相変わらず美味しいお肉とビールをいただきました。場所は赤磐市福田でキャットアイの吉井工場の向かいです。
◇昭和9年製ディーゼルカー
第一日曜はサイクリングロード終点の旧吉ヶ原駅で保存車両の運転をしているそうです。再訪は9月3日(日)で「片上鉄道保存会」の人たちが昭和9年製と
いうディーゼル車を動かしていました。
◇「デッキにかんぴょう・・・・」
「デッキにかんぴょうを干さないで下さい」という看板について書きましたが、「保存会」の人に尋ねてみると、昔は沿線の住民が細く剥いた干瓢の干し場に
鉄道の施設を使っていて、あちこちにこのような注意書きがあったのだそうです。
(06/09/03 再訪)